つながりのはじまり

2011年3月11日、東北地方を中心に前例がないほどの被害を引き起こした大震災。よっちゃん農場がある内陸部、大崎市岩出山も地震による被害を受けました。 生きて行く為には「自身の復興」を考えなければならなくなったよっちゃん農場の高橋さん。でも「復興」って何だろうと考え続けたそうです。

経済復興が、やっぱり一番。
自分の復興が、地域の復興に。
地域の復興が宮城の復興に。
宮城の復興が東北の復興に。
東北の復興が日本の再生に。

そうつながっていくのではと考えました。

そして宮城の復興を考えた時に、まだ資源が残った「山の手」の我々はなんとか出来る。けれど、身体しか残らなかった沿岸部「海の手」はなにもない。山の手だけが復興需要にのっかっても、宮城まるごと復興とはいかない。だから一緒に何かできないかと高橋さんは思ったそうです。沿岸部の「海の手」と内陸部の「山の手」。失ったものも大きかったけれど、まだ手があるじゃないかとその手と手をつなぐことになりました。これが海の手山の手が作り出す新聞バッグの始まりです。

つながりのつながり

私と新聞バッグの出会いは松島に訪れた時のことでした。 あるSHOPに入ると可愛く並んでいた新聞バッグ。この時、海の手山の手のことはもちろん、よっちゃん農場の存在も知りませんでした。私はその可愛い新聞バッグが欲しくなり購入することに。そして家に帰ってリビングに飾りました。 それからしばらく経った頃、石巻復興マラソンの仕事が入りました。マラソンに参加した後、宮城で何かしたいことはないですかと聞かれ、私はあの可愛い新聞バッグを習ってみたいとお願いをしました。松島で出会った新聞バッグから繋がった、海の手山の手の皆さんと私の出会いの始まりです。

私は皆さんとお会いして多くの事を学びました。そして目には見えない大切な宝物もいただきました。皆さんは美緒さんありがとうっておっしゃるけど、私が皆さまにありがとうございますと感謝の気持ちでいっぱいです。今、私がやりたい事は架け橋になること。松島で最初に新聞バッグを見た時のあの気持ち。可愛い、欲しい、連れて帰りたい。モノを買う時に明確な理由なんていらない。ただお手にとっていただけた方に少しでも作り手の皆さんのコトをお伝えしたく架け橋になりたいと思いました。

モノやコトやヒトを繋ぐKAKEHASHI。

日本の伝統ものだけにこだわらずモノづくりから出会うヒトやコトを少しでも多くの皆さまにお届けできたらと思っております。そして今日も一日頑張った自分へのご褒美の時間、10pm for luxuryに使っていただきたいモノをお届けさせてください。そのモノの背景には多くのヒトやコトが繋がっていることも知っていただきたいです。